アルバム「霞んだ昨日、雫の中の明日」



ご挨拶

過去の記憶をふと思い出す瞬間、その記憶が全くの他人事のように思える時があります。

過ぎ去った時間の中に住む、過去の自分に今の自分が笑われるような気分。

時間を経て消えてゆく記憶は、どこかで生き残っていて、他人事のように蘇ってくる。

その蘇るその瞬間は少し恐ろしくもあり、また恐れる自分自身の姿は滑稽でもあります。

今現在過ぎてゆく時間に舞い落ちてくる、記憶の断片の一つ一つを歌にしてみました。


ソロで作品を作ることは全く新しい経験でした。

すべて新鮮で興味深い体験でした。

曲の世界を別次元にまで導いていただいた、ゲストの倉本美津留さん、西寺郷太さん、マスタリングの中村文俊さんに心から感謝します。

楽しんで聴いていただけたらとても嬉しいです。



2020年7月8日(水)

窪田渡





楽曲解説

1.夜明けを眺めて書く日記

打ち込みでバスドラの音だけでリズムを組んだら面白いのではないか、と思い、最初はそんなバスドラだけの曲にしようと思っていました。この曲で聴こえるドラムの音はバスドラの音だけです。それっぽくない音もバスドラの音として機材にはプリセットされています。リズムトラックだけ完成し、何度も聴いているうちにやっぱり物足りなくなって、そのリズムトラックの上に色々とコードを乗せたり、メロディを乗せたりして行きました。上物の展開とリズムの展開が微妙にずれているのはそのせいです。聴いているうちに「語り」が欲しくなって、倉本美津留さんにお願いしました。さすがの格好よさです。


2.ブラウン管の花畑

SFの大名作フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の登場人物がモチーフです。彼は道化として読めるのですが、それを上回る親しみやすさ、そして悲哀があります。自分を見つめるような気分。アレンジは楽しかったのですが、転調が多くて歌は難儀しました。


3.お引っ越し

アコギ1本で歌えるような曲を作ってみたくて作りました。叙情派フォークですなあ。


4.薔薇と炭酸

このアルバムの最初に作った曲です。ミニマルファンク(ほんと?)。午後に差し掛かると時間の流れが怠惰に感じられ、どうしても苦手なのですが、その時間を切り取って歌にしてみました。造花が飾ってあるような喫茶店は大好きです。


5.霧に押されて

都市の歌ではなく、山の歌を作りたいと思って作りました。山の朝の歌です。朝は毎日の事なのですが、山の朝は変わり身が早く、常に畏れがあります。この曲はルートが動いていますが骨格はワンコードです。


6.東京の雪

ご当地ソングです。書生が東京を離れる歌です。ちょっと旅行にでも出るだけかもしれないのですが、春先の大雪の日に風邪気味で東京を離れると。数々の小説の中で描かれる書生は、どれも存在にちょっと悲哀があって、どうにも気になりますよね。


7.明日天気にしておくれ

こちらも書生モノです。誰に会うのかわかりませんが、明日誰かに会うようです。彼の部屋には悶々とした冬の時間が流れているようです。豆腐屋さんは今もどこかで鐘を鳴らして売りに来ているのでしょうか?最初はピアノだけのシンプルな小曲でした。


8.晴天に月光

満月の夜は真夜中なのに空が青く見えるような気がします。しかもそんな空を誰も見ていない。遠くに行かなくても知らない世界はあるものです。谷内六郎の絵を見て作りました。どの絵も格好良いです。


9.大きな夜

これも谷内六郎の絵を見て作りました。歌っているのは夜が来て街を真っ黒に染めていく姿です。これもアルバム最初の頃作りました。ファンキーな調子にしようと思っていたのですが、紆余曲折経てこの形に。リズムにその片鱗があります。


10.風光明媚

最後の曲です。なので、このアルバムのエンドロールになるような、そして、何もかもをぴょんと飛び越えてしまうような、前向きな曲を作ろうと思いました。ソロ1枚目を出す自分の心境でもあります。そして、このアルバムを総括するような視点がどうしても欲しくて、歌を西寺郷太さんにお願いしました。たくさんの提案をもらって、そして素晴らしい歌声で歌ってもらって本当に感謝です。この曲を作っている時は出かける事なんて当たり前でしたが、その後世界は一変し、風光明媚な景色を見に出かけることはとても困難に。この曲が当たり前の曲になる日が1日も早く来る事を祈っています。