「薔薇と炭酸」完成までの覚書

物事をすぐに忘れてしまうようになってきたので、「薔薇と炭酸」について、覚えていることを少しずつ書いていこうかと思います。新しい記事は下に追加して行きます。


2020/5/2 

「平成最後」という言葉がとても溢れていた頃なのでほぼ1年前の今頃です。

隔世の感がありますが、ソロになる前からスマホのメモに書き溜めていた「ネタ帳」を何度も見直していました。

自分がやりたいこととか、制作の方法とか、面白そうなコード進行とか、音色のアイデアとか、雑多な内容を忘れないために付けていた他愛もないメモ書きです。

ソロで活動するにあたり、今まで慣れ親しんだ方法でまとめるのではなく、全く新しいことをやって活動をスタートしたいと強く思っていました。

この曲はそのメモ書きの中からいくつかアイデアを拾って作って完成した最初の曲です。

今、そのメモを見てみたら「暴力的なベースとドラム」「サイケ」「変拍子」「モールス信号」って書いてありました。雑多な具合が良くわかります。これだけを見せられても良くわからないかと思いますが、自分にはわかります。(メモとはそういうものです)

では、その新しいこととは何だったのか…


2020/5/3 

話は相当遡ります。

ここ数年、音楽がリスナーに届くまでの形態は大きく変わりました。ストリーミング配信の普及です。様々な点が変わりましたが、一番大きく変わった点はリスナーが音楽を聴くまでにかかる「コスト」ではないか、と思っています。

そうなんです。CDやアナログの販売価格の1割にも満たないほどの価格を月額で払ってしまえば、古今東西、世界中に存在する数えきれないほどの曲がとても簡単に聴くことが出来るようになったのです。

これについては、様々な視点からの賛否両論がありますが、音楽が恐ろしいほどフラットに並んでいるその世界は今まで体験したことがない世界で、ものすごく苦労して買ったレコード、ものすごく苦労して作った音源たちが、横一列に定額聴き放題で並んでいるのですから、自我が崩壊するような感覚を覚えました。

その一方で、歴史的に見ると、音楽、文学、映画、芝居、あらゆる分野でメディアが作品を作っていく側面がありましたから、ストリーミング配信について、ものすごくワクワクして大きな魅力も感じていました。

実際にユーザーとして利用し始めたのが3年ほど前の話です。

何でも利用してみないと分からないことはありますが、このストリーミング配信を利用することでとても意外なことに気付きました…


2020/5/4

ストリーミング配信の利用し始めのころ盛んに行っていたのが、高校生くらいの頃に好きだった音楽をもう一度聴くという行為でした。

当時は中古屋さんや輸入盤屋さんを巡ってどうにか安く、1枚でも多くレコードを買おうとしていても、手にすることが出来るアルバムは多くても月に2、3枚限り。当然、数は限られました。

その当時にもし、どんどん買う事が出来ていれば、そのうち出会っていた筈のレコード。けれども当時買えなかったがため出会えなかった、パラレルワールドのようなレコードがこの世に数限りなくあるのですが、その後、聴く音楽のジャンルが増えるにつれ、それらのアルバムにたどり着く事はなく、結局は縁遠くなって今まで来ていたのです。

そんな「聴いていたであろうはずの、聴けなかったアルバム」を片っ端から聴いて行くことに、わけもなく熱中していました。(なんといっても驚愕の聴き放題ですから)

まさに歳をとっての先祖返り、「大人買い」ならぬ「大人聴き」の行為ですが、それら聴き返してみて気付いたのが、コード進行がワンコードに近く、リズムも極力シンプルな音楽が意外にも自分は好きだった、ということです。

これはとても意外な盲点でした。


2020/5/5

ただし、コード進行がワンコードに近く、リズムも極力シンプルな音楽が意外にも自分は好きだった、とは言っても、好きになる曲のメロディーラインはどれも妥協なく良かったのです。

曲を作る時、今までの自分の場合は結構コードを使って転調しがちであったのですが(矛盾するのですが、コード進行が面白いのも大好物なのです)今回は、自分の好きだった音楽に倣い、意図的にコード進行、リズムパターンを極力シンプルにしつつ作ってみようと思ったのです。

その第一弾が「薔薇と炭酸」でした。

そんな曲ですから、コードはたったの3つだけです。骨格だけ見るとコードは2つです。リズムパターンも一つです。フィル(ドラムの「おかず」と呼ばれるドカスカしたところ)は一切ありません。コード進行がそれだけシンプルだとリフ(印象的なメロディーの繰り返し)も作りやすく、曲の最初から終わりまでずっと鳴っています。

新調した音楽ソフトの音色がとても新鮮だったことも手伝って、曲全体のモチーフは割とすんなり出来ました。完成形で聴けるイントロがその部分です。

で、ここまで出来たら歌詞を考えます。メロディーは一番最後、歌詞にフレーズを当てはめて行ってやっと完成する。つまり、今までとは全く逆の順番で作って行ったのです。

作っている間は果たしてうまく行くのやらという心境でした… 


2020/5/6

詞から先に曲を作る楽しさは空気公団の「僕の心に街ができて」に収録の私の曲「静かな部屋」で試みたことでした。

山崎ゆかりさんが歌詞を先に書いて、その歌詞から生まれるイメージを旋律にして一つ一つの言葉に当てはめて行く。通常はメロディーから作って行くことが多い今のポップスの世界ですが、正反対から攻める作り方です。

実際に作って行く中で気付いたのが、歌詞に旋律を付ける事と、映像が関わる作品作りはとても似ている、ということでした。歌詞に曲を付けることは無かったけれども、映像に音を付けるなら何度も経験がある。それを応用して作れば良いんだ、という発見です。

まるでサントラを作っているかのような気分で曲作りは進み、苦労するかな?という最初の心配をよそにその曲はとても満足のゆく仕上がりになったのでした。

そういった経験があったので、今回も詞を先に作ってから旋律を当てはめて行こうと思っていました。この「薔薇と炭酸」以外にも曲を作る予定でしたから、最初に何個か歌詞だけを書き溜めて、その後に曲を付けて行こうと計画し、いくつか気に入った物が出来たのですが、その時、ふと気付いたことがありました。

付けたタイトルの体裁は良いのですが、どれも本質的な魅力に欠ける…。何故なんだろう。 


2020/5/9

歌詞の内容に満足してもタイトルの魅力に欠ける。どうしても歌詞の内容を単純に説明して終わってしまう。それではあまり面白くありません。かといって奇を衒っても内容が伝わらず、それも面白くない。歌詞の内容をうまく抽象化して、しかも楽曲の世界を膨らませてくれるようなタイトルが出来れば良いのですが、作詞の初心者、なかなか難しく、思い悩んでいました。

ふと、その時思ったのが歌詞から曲を作って行くという正反対の入り口からの制作方法であれば、いっそタイトルだけ先に決めて、その後、歌詞を作って曲を作って行けば良いのではないか?という事でした。(それまでに書いた詞はそのままにして、の話です。もったいないですし。。)

そもそも曲を作って録音して行くという行為は自分の中にある数限りない選択肢の中から、一つ一つ選んでゆく選択の作業をひたすら続ける行為と言えます。そんな選択を続ける上で重要なのは、どんな事が起きても、こっちだな、と選択しやすくなるような道筋をあらかじめ作って行くという事です。

決してそれは音楽的に限る事ではなく、読んだ本の内容とか、見た映画の内容とか、出かけた街の様子とか、何気なく目に入ったチラシとか、何かヒントになるものであれば自分の場合はなんでも良いのです。

それさえしっかりしていれば、進め方に困る事は減りますし、逆にたくさんの選択肢を選べる、という側面もあって、タイトルを先に決める、という方法は、まさに渡りに船でした。さて、どうやって決めようか…。

いざ決めようとすると、それはそれでなかなか難しいのでした…。


2020/5/10

歌詞よりも前にタイトルを先に決めて作る、ことにしましたが、タイトルだけ先に決めるとなってもなかなか思いつく訳もありません。まったくもってナンセンスな、しょうもない言葉ばかりが思いつくだけでした。

気分転換に一旦考えるのをやめようと思ったのですが、実は考え事を中断する事って一番難しい事だったりするので(ほぼ不可能)、他の事を考えてその事で頭の中をいっぱいにして、(タイトルの事は忘れて)気分転換しようと思いました。

まあ、気分転換とは言ってますが、単に現実逃避です。

とりとめもなく色々な考え事をしている中で、架空のバンド名をぼんやり考えている日がありました。

バンド名って時代性が反映していたり、一定の法則性があったりして、それを踏まえてじっくり考えているとなかなか面白いのです。

そんな他愛もないことを考えながら、最寄りの駅から家までの道を歩いている雨の日にふと思いついたのが「薔薇と炭酸」という言葉でした。

「薔薇と炭酸」って、そもそもは架空のバンド名だったのです。思わせぶりなだけで、実体が伴っていない雰囲気が気に入りました。

さて、次はいよいよ歌詞です。タイトルは出来ましたが、歌詞になるのかどうか。まったく予測がつきませんでした…


2020/5/17

気分転換に思いついた「薔薇と炭酸」というタイトル。これをキーワードとして歌詞を考えて行きます。思いついたは良いのですが、そもそも「薔薇と炭酸」って何なの?というところからのスタートです。

二つの単語からぼんやりと浮かぶ風景をなぞるような形で歌詞の概要を作って行き、歌詞が完全に完成する前に、すでに作り始めていた曲のモチーフをずっと流しながら、単語一つ一つにメロディーを当てはめて行く曲作りを始めてしまいました。

慣れない歌詞に囚われすぎて行き詰まるのを避けたかったのです。

メロディーの流れでどうしても言葉が足らなかったり、納まりが悪かったりした場合は歌詞そのものを調整して、メロディーと歌詞を同時進行で作って行きました。

一定のコードやリズムのパターンがぐるぐる繰り返している上にメロディーを乗せていくやり方は初めてでしたが、ある程度出来ているトラックにメロディーを乗せて行くのは、見方を変えれば、すでに向かうべき方向が決まっている訳ですから、そこは比較的すんなりと進みました。(すでにテンポもコードも決まっているので、がらっと大バラードになることはない。)

メロディーの出来上がりを聴いてみると、フレーズがスケール的に動くこともあり、モダンな雰囲気もあって、自分にとって新鮮なものが出来ました。歌詞もメロディーと合わせて完成です。

さて、これをだれが歌うのか…。


2020/5/19

そもそも、この曲はだれかに歌ってもらおうと思っていました。歌は聴くもので歌う物ではない、くらい思っていましたし、コーラスとか苦手だし、何だったら出来るだけやらないでおこう、というスタンスで今まで来たのですが、歌がないとアレンジが出来ないので、背に腹は変えられない、歌ってみようと思ったのです。

メロディーを作る時に歌いながら確かめていたので音域は大丈夫です。問題は音程です。

リスナーとしては多少音程悪い方が好きだったりするのですが、いざ自分が歌うとなると、鬼の厳しさで判定してしまいます。同じ歌を二度重ねる「ダブル」という方法であればピッチのズレを多少はごまかせるので、歌う前からダブルで録ることは決定していました。録音を進めていって、なんとも微妙な部分はとにかくやりなおし。一つ一つトライを重ねて行きました。

最初は仮歌と思っていたのですが、歌っているうちに、おそらくこのまま人に聴かせる事になりそうな予感がして、出来るだけのことをやっておこう、と思いました。

そうなのです。誰かが歌うのではなく、自分が最後まで歌うような気がしてきたのです。そう思うようになったのも、振り返ってみると当然の成り行きでした。

そうなるとさらに腹をくくるしかありません。

ある程度歌っていて気が付いたのは、思っているより自分の声は「押し」が弱く、あまり通らないし、キラキラした音の成分(いわゆる「倍音」と呼ばれる部分)が少ないという事でした。

ただそれは裏を返すと自分のキャラクターでもあるので、無理に変えてしまっては行き詰まるだけです。(シャウトなんか絶対出来ないし。)聴こえとキャラクターの兼ね合いを考えつつ、自分自身をなだめながら、歌の録音を進めて行きました。


2020/5/20

どうにかこうにか歌入れを終えて、仮でミックスまでして、一旦は「デモ」という形で完成しました。ちょうど2019年の連休前だったかと思います。

その後はアルバムのための次の曲を作っていったので、一旦この曲は寝かされました。少し経ってから聴き返して見たらテンポが遅かったので、少し上げる工事をして、追加で音を加えたりして、他の曲と合わせて、2020年2月に本番の歌入れ、ミックスへと進みました。

(テンポの遅いデモバージョンは何人かに聴いてもらったりしてました。)

そのアルバム制作の中で、今までにない新鮮なやり方で作って行こう、それを明確に伝えていこう、としているのであれば、他の人にお願いするのではなく、多少下手でも、自分が歌うのが一番正しい姿ではないか?と思うようになって来ました。

心境の変化です。

最初はこの曲を誰かに歌ってもらえたらと思っていましたが、その考えは制作を進めて行く途中で無くなって行きました。

昨日書いた、デモの仮歌録りでさえ腹括って録ったのですから、本番の歌入れは相当腹括りました。それは何度もトライ&エラーが続く歌入れでして…。


2020/5/23

ようやく歌まで完成しました。次はミックスです。

そもそも、歌物をミックスした事自体あまり無く、せいぜいプリプロのデモのミックスくらいでしたので、今回も誰かにお願いしようかと思っていたのですが、シンセサイザーで音を作るのは長くやっていたことですし、ミックスとは言え同じ音作り、それの延長だと思えば自分なりの面白いことが出来るのではないか、と思った事がきっかけで、ミックスも自分ですることにしました。

また、幸いにも今まで色んなエンジニアの方からお話を聞く機会があったので、自分の曲で自分なりにそれを実践してみたい、という思いもありました。(まさに門前の小僧です。)

一番試行錯誤したのが音域の調整です。

楽器がたくさん鳴るとそれだけ音数が増えるので、音と音とがぶつかり合い、聴こえにくくなります。それを避けるために、アレンジの段階で音がぶつからないように、それぞれの楽器が演奏する音域を調整して考えるのですが、ミックスでも余計な音域を下げたり、足りない音域を上げたりして聴こえやすくなるように調整を進めて行きます。

音像をすっきりするように整理整頓しすぎると楽器が良く響く部分が失われてしまってつまらなくなってしまう気がして、ぶつかっている状態に戻したり、一筋縄では行かない作業が続きました。

そもそもの話ですが、自分の最初の音楽体験はモノラルのラジカセのカセットテープだったので、中音域が出た、すこしモコモコしている音像が好きなだけに、音像をすっきりさせる作業は自己矛盾との戦いだったりもします。

そして、ミックスを進めて行くと、今度は肝心な自分の声がその中に埋もれて聴こえ辛くなり、聴こえるようにボリュームを大きくすると今度は大きすぎる、といったループにハマってしまいました。

この「歌の輪郭を整える」作業というのがなかなか大変でして、このあたりはマスタリングをお願いした中村文俊さんに最終的にうまく処理をしてもらいました。(ありがとうございます。)

自分しか出てこない楽曲を自分がミックスしている状態なので、どうにもこじんまりしてしまいがちで、そんな時は、参考のためにとにかく色んな曲を聴いたのですが、今まで心地よく聴いていた曲をミックスを分析するために聴いてみると、意外と大胆なことをしていたりするのです。ミックスには、まとめる要素と大胆な要素の一人二役が必要なようで、自分の中の、もう一人の自分と対話するような気持ちで進めて行きました。


2020/5/31

ミックスまで完成したら次はマスタリングです。完了したミックスからさらに音を調整する工程です。マスタリングではレベル感を整えたり、パンチを出したり、各楽器の輪郭をすっきり際立てたりするので、ミックスの完了後に更に曲の雰囲気が変わるのですが、さすがにこの工程は客観的な視点がどうしても欲しくなり、前述の通り、空気公団の頃からずっとお世話になっている中村文俊さんにマスタリングをお願いしました。

中村さんとは2006年に発売の空気公団の「おくりもの」からの長い付き合いで、 この十数年の私の音の遍歴を一番知っている方で、しかも今回のような「自分一人で歌まで歌ってミックスもする」という作り方には、絶対欠かせない方だと思っていました。(それだけ中村さんにお手間をかける、という事なのですが…)

そして、最初仕上がりをデータでいただいて試聴した時に思わず「おおお!」と声が出てしまいました。

客観性が加わるだけではなく、自分では決して表現出来ないような色気の部分も加わって、とてもとても素晴らしい仕上がり。ずいぶんと助けられました。

いつかネイキッドを出して比べてもらっても面白いかもしれません。

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と、こんな具合で「薔薇と炭酸」は完成しました。

たった1曲だけでもこれだけ紆余曲折があるのですから、これがアルバムとなると…

その辺りの混沌は「備忘録のような制作日記」に日記形式で記しています。アルバム発売までそちらでお楽しみ下さい!




窪田渡

作詞・作曲・鍵盤・編曲 窪田渡の公式WEBサイト。